岩永牧子さんのa-nation落雷死亡事故の真相とは!?

岩永牧子の母 岩永和子でございます。

a-nation落雷事故の民事裁判               

意  見  陳  述  書 大阪地方裁判所第3民事部合議1係  御中平成25年 10月 7日原 告  父 岩 永 浩 美 母  岩 永 和 子

1提訴に至った経緯
平成24年8月18日(土)私達の娘・岩永牧子(年齢22歳)は、当日朝から楽しみにしていた野外ライブ(a-nation)を見に行くため、北九州市(小倉駅)から新大阪に着き、その後、地下鉄に乗り ビジネスホテルで荷物を預け、近くのラーメン店で食事をし、地下鉄に乗り13時30分開場時間を目標に、会場である長居公園に向かいました。娘は地下鉄から降り、公園内に入り行列に並んでいましたが、その時、落雷事故に遭い、心肺停止となりました。落雷事故が発生した時間は、14時10分頃から14時15分頃までの間だったそうです。当日 私達夫婦に連絡が入ったのは病院側からの連絡で、15時36分頃でした。それから私と妻は、北九州市から大阪市内の病院へと向かいました。私達が到着したとき付き添いが誰もいないことに愕然としました。病院からは、心肺停止の場合は速やかに対応しないと命に係わる、早い段階でAEDを当てていれば命は助かった可能性が高かったと言われました。
翌19日の朝、娘は尊い命を失いました。それから警察の担当者から事情説明があり、娘の解剖検査行うため管轄の警察署へ遺体を搬送するとの事で、私達も警察署へと移動しました。到着後、控室で待っている間、担当警察官から事故現場 へ行かれますかとのお話しがあり、私達は事故現場へ行きました。現場に到着すると、私達は人の多さに目を見張りました。警察官に尋ねたところ、ライブは何事もなかったかのように二日目も予定通り開催するとの事で私達は、驚いて警察官に主催者側に会いたいと申し出ました。なぜ、中止にしないのか納得がいかない状況でした。警察官から主催者側に会ってほしいと頼んでもらいましたが、警察官からは出来ないとの返事がありました。そこで仕方なく警察官から主催者側の方に連絡をしてもらい、私達に連絡をくれるように、お願いしてもらいました。解剖検査が終わり、私達が北九州市に戻ろうとした時、地下鉄で主催者側から連絡を受けました。
時間は16時50分頃でした。その時 私は連絡をしてきた主催者側の人に事故の対応はどうであったのか確認をしましたが、主催者側は万全な対応をしたと言うだけでした。主催者側は、午前中から雷注意報が発令され、実際にゲリラ豪雨に見舞われたにもかかわらず避難誘導等何らの対応もしていません。行列に並ばせているのに、何ら対応していない事が、私達は納得できませんでした。その後、自分たちで調べて行く中で、救急車の要請も主催者側からではなく一般の方からの通報であり、主催者側は事故現場で一切何の対応もしていないことが分かりました。
二人の尊い命が失われているのに野外ライブを一時間10分遅れで決行していることにも納得がいきません。
翌日も道法寺らのライブも行なわれました。
事故発生から2週間後にも、私達から主催者側に連絡しましたが、娘の事故のことは、「競技場を借りただけで競技場外は関係ない」と言われました。そのためこのような経緯から主催者側の責任を明らかにしたく提訴に踏み切った次第です。

2 娘への思い
娘は、生まれて間もない頃から健康で明るく活発で、小学校の時は友達も多く また、優しい娘でありました。中学3年生の高校受験の時は、自ら推薦を学校担任に申し出、合格しました。また、高校の時は、卓球部に所属し、3年間最後までやり遂げました。そして1級簿記・電卓1級を取得し卒業しました。高校卒業時は、私達と相談し、就職するか大学まで行くか悩んだ末、きちんと奨学金を借り、短大を卒業しました。私達は、娘の行動を陰ながら応援していました。その後、整形外科の事務として就職し、約2年5ヶ月事務職及びリハビリ担当として仕事を頑張っていました。預金も170万円ありました。幼稚園から短大までの友人を凄く大切にし、そして、いつも友達から悩み事を相談されていました。友達のお誕生日にサプライズをする事が大好きで、友達を感動させ喜ばれていました。私達は改めて娘の存在の大きさを知り、偉大な娘であったと実感しました。娘も今回の事故は、納得がいかないと思います。本当に悔やまれます。

3被告に伝えたいこと被告ら主催者に伝えたいことは次の6点です。
①カラーコーンを並べて入場者を並ばせているのに、なぜ十分な警備体制を取っていなかったのか
②なぜ、救護本部で医師及び看護師が待機しているのに、なぜ事故発生後何も対応しなかったのか。
③娘はエグザイルのスポーツタオルと会場入口で、貰ったグッズを買わせる為のエコバックを身につけて倒れていたのに、なぜ事故発生後何も対応しなかったのか。
④なぜ、野外ライブを中止しなかったのか。
⑤なぜ、競技場外を関係ないといえるのか。
⑥事故の翌日2日目のライブではなぜ、カラーコーンを撤去したのか

4 この裁判に望むことは
娘の事故は、今後も野外ライブに於いて有り得る事です。二度と同じ悲惨な事故が繰り返されないためにも、この裁判において、主催者側が誰が何をすべきであったのか、何が不十分であったのか、その責任の所在が明らかにされることを望みます。そして、今後の野外ライブでの警備体制、避難誘導体制等の見直しがされることを望みます。5万人以上の人が集結する場所では、実際にコンサートが行われる競技場内だけではなく、行列が出来る競技場外でも完全対策は万全にすべきだと考えます。 以上

娘(岩永牧子8月18日PM1時53分長居ベンチ前より時計台前が最後尾の写真を写す)地下鉄長居駅を13:32
③番改札口を出る。3番出口を上がり(a-nation)エコバックを、13時33分頃貰いアリーナレフト入口13時38分頃に確認して、誘導され、第二陸上競技場(グッズ売場)入口13:43頃ゲートチエックをして横をぬけ、グッズ売場入口前の駐輪場看板裏の小道を最後尾に向かう目撃情報(13:45分頃)落雷事故現場前の大きな木の下でお弁当を広げ2ヶのお弁当を三人で食べていた御夫婦と御友人の3人から目撃(13:50分頃)話し、奥さんから声を掛けられる。(可愛いね、何処から来たの?)牧子が「北九州の小倉からです」
お弁当の無いご主人にきずき
「これから列に並ぶ為新幹線で食べようと買ってきたお弁当の持ち込みが出来ないので食べて下さい」と渡し、小道横の行列を「すみません」と(中々渡れなかった)行列をかき分け渡り、長居公園ベンチ前の歩道にオレンジのタオルを敷き、友人の木下春日さんと13:53記念撮影を2ポーズして、スマホを内カメラから外カメラに変え最後尾を13:53分に写し、下に敷いていたオレンジのタオルを拾い上げると大きな木の下でお弁当を渡した3人に大きく手を振る、すると雷鳴がして牧子達が猛ダッシュで最後尾へ走る、御夫婦も矢田方面を見ると見た事も無い真っ黒い雲と稲光がして、お弁当をかたずけ(30秒掛らず)小道を最後尾へと走る、すると時計台前と落雷場所との中間で列に並び猛ダッシュで入場してくる牧子に(13:55頃)再び会い、その時バリバリ雷が鳴っていたので、御主人が牧子に木の下へは行くなよっと叫び「分かったよ」っと両手を振り走って入場していった。奥さんが早く避難しなさいと手を振リ見送った。(警察が来る途中、雨宿りか?と報道したと長居公園の方から聞きました。) そしてスタンド席のシヤッターが下り、そこにいたスタッフから入場拒否され、グッズ売場出口に追いやられた(エイベックスは酷すぎる)と泣きながら、悲鳴を上げ逃げ惑う中、被災した、木下さんが、首から下が黒焦げで即死
雷の直撃を受け、1メーター飛ばされて、娘は3m離れ片方の足が黒く焦げ気絶しているようでした。

(二)違法性

(1)主催者 エイベックス・ライブ・クリエイティブ株式会社及び株式会社ミューベンツ・ジャパンの「未必の故意による殺人罪」について

2012年8月18日音楽会当日14時少し前から雷が鳴り出し、雨が降り出した時に、主催者側の係員が公園内の建物に客等を入れなかったのは、13時30分頃、主催者から係員に対し「雷雨が来るから客を会場にいれるな」との指示があったからとのことである。雷が鳴っている時に、外に立っていると落雷により死亡する危険が高いことは常識である。主催者は客に雷が落ちて死んでも構わないと思っていたから、係員に「建物に入れるな!」と指示をしたのであり本件は、「未必の故意による殺人」に該当する。

尚、主催者側の係員が人々を公園内の建物に入れなかったことについて、一般の大阪市民多数が、公園事務所や東住吉警察署に赴「長居公園は大阪市民の災害時避難場所に指定されている。物凄い雷雨で生命の危険に曝されている時には音楽会等のチケットの有無にかかわらず避難して来た人々を建物に入れるべきではないか。それを一民間人である主催者がいれないと云うのは許せない。」と抗議したそうである。

(2)大阪市消防局長及び東住吉警察署長の「保護責任者遺棄等罪」について

物凄い雷雨の中、建物の中に入れてもらえなかった岩永牧子他1名は、他の多くの人々と逃げ惑う途中落雷の被害に遭い、意識を失って倒れた。その場所は雷雨の為、池の様になった水溜りの中であった。やって来た東住吉警察署員等は、水の中で倒れている2人を見て、何の保護もしようとしなかった。何故せめて乾いた所に運んであげようとか、救急車が間に合わないなら、警察の車ででも近くの病院に運んであげようとかしなかったのであろうか。被災から1時間程経ってやって来た救急車は何故素人目にも死亡していると分かる人の方を乗せ、まだ生きている人を乗せなかったのか。しかもまだ生きている人に何の応急処置も施さず、冷たい水の中に放置したまま行ってしまったのか。岩永牧子は、午後4時過ぎには、まだ倒れていたとの証言があるので、結局被災して倒れてから2時間以上、水溜りの中に放置されていたことになる。消防局の救急隊員や警察官は、本件のような生命の危険に曝されている人を保護する責任がある。しかるに本件では、その保護をせず、2時間以上も放置したのである。

本件は、事件全体からみて、救急隊員や警察官個人の罪とは考え難く、その長たる大阪市消防局長及び東住吉警察署長に罪があると思料する。

(3)大阪医療センター長の「殺人罪」について

大阪医療センターは、岩永牧子に対し、「大量輸液」を施行し、同人を死に至らしめたのである。そもそも輸液は水分が充分摂れない場合や手術等で出血したりして水分が失われた場合に行うものである。従って、その輸液量は足りない水分を補う範囲に限られる。一般に1日の必要輸液量は維持液量+補充液量とされ、維持液量は、不感蒸泄(10ml/kg/日)+尿量、補充液量は喪失量である。体重50kgの人であれば、1日の不感蒸泄分は約500mlということになる。又、輸液は心臓に負担をかけるものである上、一旦入れると回収することは難しく、殆ど不可能に近いので、入れ過ぎは絶対してはならず、少し足りない位に入れるというのが常識である。

本件の岩永牧子は、健康な若い女性で被災する直前まで食餌を充分に摂取しており、且つ出血等水分を失う要因は全くなかった。従って輸液の適用はなかった。更に岩永牧子は、落雷のショックにより、心臓が一時停止している。それがようやく動き出し、血圧も70m/45mmHgまで回復するに至ったが、心臓はまだ本調子ではなく、厚い庇護が必要な状態であった。

このような状態の中で、大阪医療センターは1時間に3000ml即ち1日(24時間)に72,000mlという驚くべき大量輸液の方針を立て、実行に移した。因みに岩永牧子の尿量は0であったとの記載がある。又、大量輸液の途中、腹部膨満等浮腫が出てきたので、除水したとしているが、その量は977mlに過ぎず、死亡する直前迄の輸液量 約70,000mlからすれば0に等しい。

この様に岩永牧子には、輸液の適用はない上、心臓が弱っているので、できるだけ心臓に負担をかける様な輸液は控えなければならないのに1時間に3000mlという驚くべき大量輸液を施行し、死に至らしめたのである。尚、1時間に3000mlの割合で輸液を続ければ、全ての人は死ぬであろう。これは明白な殺人である。

この場合も、医療センター職員個人の罪とは考え難く、その長たる者の罪であると思料する。

四、本件の背景

(1)賠償問題                                                  一般に大勢の人を集めた催しで、死傷者が出た場合、死亡者には何千万円かの賠償金で済むが傷害者は障害が残った場合、一生補償しなければならないこともあり、何億円もの金がかかることがある。   それ故、その様な傷害者は殺してしまうというのが、裏社会の通則になっている様である。本件では、岩永牧子は、被災して水の中に倒れているのに救急車や警察は何もせず、2時間も放置された。それでも死ななかったので、病院へ運ばれ、止めを刺されたのである。尚、当日15時36分という岩永牧子がまだ公園の水溜りの中で倒れている時に、病院から告訴人に電話があった。この事実は主催者と消防局、警察及び病院の関連性をうかがわせるものである。

又、本件の催しは、10億円以上の収入が入っている筈であり、

後ろには、大物政治家がいると云われている。

(2)民事訴訟告訴人は主催者を被告として、「損害賠償請求事件」を提訴した。

しかし、告訴人の訴訟代理人は、主催者の係員は雷雨が始まるといち早く逃げてしまい、客を指示、誘導して避難させなかったこと及び避難場所となるべき建物の扉を閉めて客を入れなかったこと等、重大事実を一切主張しなかった。そうすると、次の様になる。“主催者の係員は適正に指示誘導しており、建物内へも自由に入れた。にも拘らず、岩永牧子は係員の指示誘導に従わず建物にも自由に入れるのに入らず、勝手に木の下に立っていた。故に落雷の被害に遭ったのは、自己責任である”と。二審で訴訟代理人は第一回口頭弁論期日を告訴人に前以て通知せず前日の午後になって突然通知してきた。告訴人は法廷内に入り、この弁論期日の事及び一審で主張されなかった重大な事実を主張したいから、弁論を続行して欲しい旨申し出たが、聞き入れられず、1回で弁論を終結された。即ち、二審判決も又一審判決と同様に重要な事実が隠されたまま為されたもので、まともな判決ではない。

(3)告訴人は本件の真相を知る為、当時長居公園にいた人々に話を聞きに回った。        
すると奇妙なことを耳にした。当時のことを知っていると思われる。人々が変死したり、行方不明になっているのであるある人は殴り殺されたことは、素人でもわかるのに転んで死んだとされ、ある人は、踏み台も何も無いのに木に吊るされているだけで、自殺とされている。何処かで殺して木に吊るして置いたのだろう。告訴人も本件が始まってから、色々な嫌がらせをされ、生命の危険を感じることもしばしばあり、多数の防犯カメラを設置している。陰で犯罪が横行しているということは、不正が行われていること

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